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新潟地方裁判所長岡支部 平成4年(ワ)105号 判決 1993年8月30日

主文

一  被告らは、各自、原告に対し、金一七四一万五九七六円及び内金一五八一万五九七六円に対する昭和六三年四月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を被告ら、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

理由

第一  請求

被告らは、各自、原告に対し、金二〇二八万五七四一円及びこれに対する昭和六三年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  事故の発生

日時 昭和六三年四月二二日午後三時二〇分頃

場所 新潟県十日町市寿町一丁目一番地二先の信号機のある交差点(以下、本件現場という)

態様 原告が原動機付自転車(以下、原告車という)を運転し、川治方面から高田方面に向け、本件現場の道路左側を直進したところ、対抗して進行して来た被告乙山春子(以下、被告春子という)運転の普通乗用車(以下、被告車という)が右折し、原告車が交差点を渡り切る直前にその右側面に被告車の右前部を衝突させた。

結果(1) 原告は、右大腿骨幹部開放骨折、右骨盤骨折、右脛骨部粉砕骨折、第四、第五腰椎右横突起骨折の傷害(以下、本件傷害という)を受け、左記のとおり入通院を繰り返した。入院期間は四二五日であり二五日間の付添看護を要した。症状固定日までの実通院日数は三九〇日を下らない。

<1> 昭和六三年四月二二日から平成元年四月一一日まで県立十日町病院に入院、同月一二日から同年一二月まで実日数一七一日間同病院に通院

<2> 同二年一月から同月一五日まで新潟大学医学部付属病院に実日数五日間通院、同二年一月一六日から同年二月二七日まで同病院に入院

<3> 同年三月一日から同月二七日まで十日町病院に入院、同年三月二八日から同三年三月三一日まで実日数二一〇日間同病院に通院

<4> 同二年五月から同三年一一月まで前記付属病院に実日数八日間通院

(2) 本件傷害は左記の症状(以下、本件後遺症<1>ないし<5>という)を残し、平成三年三月二七日、症状が固定した。

<1> 右膝他動で屈曲七〇度、伸展マイナス一〇度、自動で屈曲六五度、伸展マイナス一〇度

<2> 膝関節面の凹凸不整、内顆が全体として約五ミリ陥没する等、立ち座りでも疼痛があり、杖なしでは自宅内を柱等につかまつて辛うじて移動可能

<3> 膝伸展位で一六五度ないし一七五度外側への動揺が存在

<4> 杖をついても約一〇〇メートル以内をゆつくり跛行しながら辛うじて歩行可能

<5> 右膝部に三センチ、二一センチ、一四センチ、右上腿後部に一〇センチの線状の醜状痕

右傷害<1>ないし<4>は自賠責の後遺障害等級一〇級、<5>は同一二級に該当するとの認定を受け、併合により九級と認定された。

2  責任原因

(1) 被告乙山春夫(以下、被告春夫という)は被告車を保有するから自賠法三条によにる責任がある。

(2) 被告春子は本件交差点を右折するに当たり、対抗して直進する原告の進路を妨害してはならない義務があるのに、黄信号で交差点に進入したため、右折を急ぐ余り前方の注意を怠り、原告車に被告車を衝突させた過失があるから、七〇九条に基づく責任がある。

3  損害

(1) 治療費 二三八万七一六五円

(2) 通院費 三六万六九一〇円

(3) 下肢装具費用 二二万七九〇〇円

(4) 原告は、本件事故当時、六二歳であり、少なくとも一〇年(女性六四歳の平均余命二〇・三九年の二分の一)は就労可能であり、当該ホフマン係数は七・九四五である(被告らにおいて明らかに争わない事実)。

4  損害の填補 六一二万二五五七円

二  争点

1  看護料

(1) 原告 一一万二五〇〇円(一日四五〇〇円、二五日分)

(2) 被告 一〇万四一四二円(昭和六三年四月二二日から同年五月一六日までの二五日間、シルバー人材センターの付添婦を依頼した実費)

2  入院雑費

(1) 原告 五一万円(一日一二〇〇円×四二五日)

(2) 被告 二九万七五〇〇円(一日七〇〇日×四二五日)

3  休業損害

(1) 原告

七七〇万七二一〇円

二六二万九一〇〇円(昭和六三年度賃金センサス第一巻第一表女子労働者学歴計六〇歳ないし六四歳の年収)÷三六五日×一〇七〇日(昭和六三年四月二二日から平成三年三月二七日の症状固定日まで)

(2) 被告

<1> 症状固定日まで休業したとしても、原告は主婦であり退院後は家庭で主婦としての仕事も可能であつたから、全日数を数えるのは不合理である。そこで、休業日数としては入院日数四二五日と通院日数三九〇日の八一五日を上限として算定すべきである。

<2> 原告は当時六二歳の女性で十日町市に居住していたのであり、新潟県の平均賃金は全国の平均賃金よりも低額であるから、新潟県の賃金センサスにより収入金額を算定すべきである。

(一五万八三〇〇円×一二か月+三九万二四〇〇円)÷三六五日=六二七九円

六二七九円×八一五日=五一一万七三八五円

4  傷害慰謝料

(1) 原告

三〇〇万円

(2) 被告

二七〇万円

5  後遺障害による逸失利益

(1) 原告

<1> 本件後遺症<1>ないし<4>は自賠責保険の後遺障害等級一〇級、<5>は一二級に該当するから、これらを総合すると同等級九級に該当し、労働能力喪失率は三五パーセントとなり、本件請求についても同様に解すべきである。

<2> 七三一万〇八六九円

年収二六二万九一〇〇円(昭和六三年度賃金センサス第一巻第一表女子労働者学歴計六〇歳から六四歳)×〇・三五(労働能力喪失率)×七・九四五(六四歳女性の平均余命二〇・三九年の二分の一である就労可能年数一〇年のホフマン係数)

(2) 被告

<1> 原告の自賠責保険における後遺障害の等級は併合による繰り上げで九級と認定されているが、右は自賠責保険における保険金支給のための一つの基準であるから、本件では原告の職業、年齢、後遺障害の程度と総合して後記のとおりとすべきである。

<2> 原告の年齢、生活状況を考慮すると、原告が将来新潟県外に転居し、生活する可能性は極めて低いから、公平かつ適正な損害の分担という視点からすれば、新潟県の賃金センサスを基準とするのが相当である。

二二九万二〇〇〇円(新潟県の賃金センサス)×〇・三五×七・九四五=六三七万三四七九円

6  後遺症慰謝料

(1) 原告

五七二万円

(2) 被告

争う。

7  過失相殺

(1) 被告

双方ともに黄色信号で交差点に進入した落度があるから、被告七、原告三の基本過失割合とすべきである。

(2) 原告

本件事故の基本過失割合は原告二、被告春子八である。しかし、被告春子は、交差点の中心直近内側を右折せず、交差点の右手前角ぎりぎりを早回り右折した等の落度があるから、原告一、被告九と解するのが相当である。

第三  争点に対する判断(証拠を引用しない部分は争いのない事実を前提)

一  付添看護料 一一万二五〇〇円

原告は、本件事故による本件傷害のために二五日間の付添看護を要したが、一日当たりの付添看護費は四五〇〇円を下らないと認めるのが相当である。したがつて、二五日間分の付添看護料は一一万二五〇〇円である。

被告らは、原告においてシルバー人材センターの付添婦を依頼し、一〇万四一四二円を支出したにすぎない旨主張するが、右金額に留まることを認めるに足りる証拠はない。

二  入院雑費 五一万円

原告は本件事故による受傷のため四二五日間入院したのであり、その間の入院雑費としては、少なくとも一日当たり一二〇〇円、合計金五一万円を要したものと認めるのが相当である。

三  休業損害 五六七万八一九四円

1  年収額の算定(採用すべき賃金センサス)

(1) 主婦の休業損害・逸失利益の算定は、その性質上、賃金センサスに依拠せざるを得ないところ、原告は、本件事故当時、六二歳の主婦であり、「昭和六三年度の全国的規模の賃金センサス第一巻第一表(抜粋)・年収額付(甲第三号証)」の女子労働者の企業規模計・学歴計六〇歳から六四歳までの年収額は二六二万九一〇〇円となる(原告主張)のに対し、同年度の都道府県別賃金センサス「年齢階級別きまつて支給する現金給与額、所定内(乙第一号証)」の新潟県の女子労働者の企業規模計六〇歳から六四歳までのきまつて支給する現金給与額は月額一五万八三〇〇円、年間賞与その他特別給与額は三九万二四〇〇円であり、その年収は二二九万二〇〇〇円となる(一五万八三〇〇円×一二か月+三九万二四〇〇円=二二九万二〇〇〇円、被告ら主張)。そこで、本件の場合、いずれの賃金センサスによるべきかが問題となる。

(2) 確かに何人にも居住移転・職業選択の自由があるうえ、労働市場の広域化に照らすと、損害額を算定する際の賃金センサスは、全国的規模によることが蓋然値の把握に資するとも考えられる。しかし、損害賠償制度は、原則として事故発生時の個別・具体的な事情を基礎とし、損害の公平な分担を計るものであることに照らすと、当該被害者の居住する地域の賃金センサスが全国的規模のものに比較してより低額であり、かつ、被害者の年齢、性別、職種、家族関係、居住関係等に照らし、被害者が生涯を当該地域で生活する蓋然性が高い場合には、被害者側にとつてより控え目な前者の算定方法を採用することが制度趣旨に合致するというべきである(最低賃金法に基づく最低賃金は賃金センサスの下限を画するので、前者が増額すると後者も増額するという相関関係にあるところ、最低賃金の決定方式は、各都道府県の地方最低賃金審議会の審議に基づき、各都道府県労働基準局長が各地域単位で決定する方式が中心であり〔最低賃金法一六条、労働大臣が決定する方式が殆ど見られないことは公知の事実〕、賃金さえも各地方の生活条件や経済状況等の所要因を考慮して個別具体的に決定されているのであるから、損害賠償の算定に当たつても各地方の賃金センサスを採用することも当然に許されるというべきである。)

これを本件について見ると、《証拠略》によると、原告(大正一五年生)は、本件事故当時、六二歳の主婦であつたが、新潟県十日町市生まれの十日町育ちであり、群馬県出身の夫(刀剣類研磨業を自宅で従事)と結婚後も現在まで同市において生活してきたのであり、その既に嫁いだ娘、兄弟、親戚も十日町市に居住していることが認められるから、原告の生活の基盤は十日町市にあり、他県において生活する蓋然性は低いというべきである。してみると、原告の休業損害や後記の逸失利益の算定に当たつては、前記新潟県の賃金センサスに従つて損害額を算定するのが公平かつ相当である。

(3) この点につき、原告は、「夫が死亡した場合、独身で物流センターに勤務する長男のいる東京に行かなければならない」旨供述するが、転居の具体的時期が特定できず曖昧であるのみならず、長男による原告の受入態勢等も不明であるから、より控え目な右賃金センサスによるべきである。

また、原告は、交通事故の被害者が平均賃金の高い地域に住所を移して訴訟を提起する弊害を指摘する。しかし、前説示のとおり、損害賠償制度は原則として事故発生当時の当事者の具体的事情を基礎として損害の公平な分担を計る制度であるのみならず、原告の主張するケースは通常の事態とは考え難いし、仮装の転居か否かは個別具体的に別途解決すべき問題であるから、右可能性があることをもつて常に全国規模の賃金センサスによるべきであるということはできない。

2  休業期間

原告は、本件事故により、昭和六三年四月二二日から症状の固定した平成三年三月二七日までの一〇七〇日間のうち、四二五日間入院し、実通院期間は三九〇日を下らない。してみると、入院中は家事が不能であつたことは当然であり、実通院中も本件傷害の程度、通院による心身の疲労・時間的拘束・手待時間等に照らすと、家事に従事することは著しく困難であつたと考えられるから、いずれの場合も一〇〇パーセントの休業損害を認めるのが相当である。他方、症状固定日までの実通院日以外の通院期間中についてであるが、後記認定のとおり症状固定後の労働能力喪失率が三五パーセントを下らないことに照らし、少なくとも同程度の割合の休業損害を認めるのが相当である(家事が不能ないし著しく困難であつたことを認めるに足りる証拠はない)。

3  算定

二二九万二〇〇〇円÷三六五日×八一五=五一一万七七五三円

二二九万二〇〇〇円÷三六五日×〇・三五×二五五=五六万〇四四一円

五一一万七七五三円+五六万〇四四一円=五六七万八一九四円

四  傷害慰謝料 三〇〇万円

本件事故の態様、結果、殊に原告は、本件事故により四二五日間入院し、三九〇日間通院したことに照らすと、傷害慰謝料は金三〇〇万円を下らないというべきである。

五  後遺症による逸失利益 六三七万三四七九円

1  年収額の算定は前記のとおり二二九万二〇〇〇円である。

2  労働能力喪失率

自賠法施行令別表の身体障害等級表の後遺障害等級認定基準は、障害の類型ごとに労働能力喪失率を規定したものであり、合理的かつ適切な基準であるから、障害の類型及び事案の特質に照らし同表によることが相当ではない等の格別の事情のない限り、交通事故の損害賠償請求訴訟においても、これを考慮して労働能力喪失率を認定するのが相当である。そして、原告には本件後遺症<1>ないし<5>が存在し、右格別の事情を認めるに足りる証拠はないから、<1>ないし<4>は自賠責保険の後遺障害等級第一〇級に、<5>は第一二級に該当するというべきである。してみると、本件においては、原告の各症状を併合・総合勘案し、その労働能力喪失率を同等級九級相当の三五パーセントと認めるのが相当である。

3  具体的算定

二二九万二〇〇〇円(年収)×〇・三五(労働能力喪失率)×七・九四五(ホフマン係数)=六三七万三四七九円

六  後遺症慰謝料 五七二万円

原告の被つた本件傷害の部位、程度、本件後遺症の内容、原告は現在も杖を使用して数百メートル歩ける程度にすぎず、踵にヒールを装着し、階段の昇降も著しく困難であり、足を十分に上げて歩行できず、つまづいて転倒することもあること(原告の供述)等に照らすと、後遺症慰謝料は原告主張の五七二万円を下らないというべきである。

七  前記争いのない事実3(1)ないし(3)、前記一ないし六の損害額の合計額は、二四三七万六一四八円である。

八  過失相殺

1  本件事故は、昭和六三年四月二二日午後三時二〇分頃に発生したものであるが、《証拠略》によると、本件現場は信号機による交通整理のなされている見通しのよい市街地の交差点であり、交通量も頻繁であつたこと、本件は、原告車が単車直進、被告車が四輪車右折の事案であり、原告車に優先通行権があつたものの、両車とも黄色信号の状態で交差点に進入したこと、本件交差点付近は時速四〇キロの速度規制がなされており、原告車は時速約二〇キロで進行したのに対し、被告車は時速約四〇キロから三十数キロの速度で交差点に進入、右折したこと、被告車は右折の際、道路の中央にできる限り寄らず、かつ、道路交差点の中央に指定表示された右折道路標識に従わず、同標識よりも相当手前で「早回り右折」を開始していること等が認められる。

2  右認定の本件事故当時の具体的状況、《証拠略》によると、原告車と被告車は、黄色信号の状態で交差点に進入した落度がそれぞれあるから、本来、被告車(右折車)七、原告車(直進車)三の逸失割合になるところ、被告には、<1>事前にできる限り道路の中央に寄り、かつ、交差点の中心の直近の内側(道路標識により通行すべき部分)を<2>徐行すべき義務(道路交通法三四条二項)があるのに同義務に違反した落度があるから、その過失割合は被告が九(過失割合を二割加算)、原告が一と解するのが相当である(ちなみに実況見分調書の原告車と被害車の進行方向、衝突地点に照らすと、本件事故は、被告車が<1>又は<2>の義務のいずれかを遵守していれば十分に回避できた事案であり、被告車に著しい重過失があつたといわざるを得ない)。

3  前記損害額の合計金額二四三七万六一四八円に一割の過失相殺をすると、二一九三万八五三三円となる。

九  損害の填補

右二一九三万八五三三円から既払金六一二万二五五七円を控除すると、残額は一五八一万五九七六円である。

一〇  弁護士費用

原告は、原告代理人に本件訴訟の追行を委任したことは記録上明らかであるところ、本件事案の性質、内容、損害認容額等を総合勘案すると、弁護士費用を金一六〇万円と認めるのが相当である。

第四  結論

以上の次第であるから、原告の本訴請求は、金一七四一万五九七六円及び内金一五八一万五九七六円に対する不法行為の日である昭和六三年四月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 市村 弘)

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